じょうずになるとか学ぶとか

じょうずになるとか
学ぶとかいうことにはリスクがある、
とぼくは考えるんです。

ほぼ日刊イトイ新聞の「社長に学べ!」での糸井重里の言葉。すごくよくわかるなぁ。

ベースを一生懸命練習してても、音楽理論を一生懸命勉強してても、いつも心のどこかが、その行為の反作用を気にしてる。「上手い」と褒めてもらっても、その人にとって自分の演奏が与えたモノのうち、いちばん大きなモノが「上手い」だったのだとしたら、その演奏(じゃないにしても、表現のためのおこない)は失敗だと思う。

伝えたいことをきちんと伝えるための練習や勉強は良いのだろうけど、ちょっと気をぬくと練習や勉強の成果を伝えたがってるようなカタチになってしまう。ここが難しいんだと思う。きっと。


Comments

コメントする

Comment

TrackBack

この文書へのトラックバックURL
http://www.saishokudo.com/zaki/mt/mt-backkk.cgi/223
Info on This Entry
This Category's
«Prev
テルミン
»Next
眠れぬ夜の雑記
All Entry's
«Prev
テルミン
»Next
眠れぬ夜の雑記