左手の運指考察 [4] ポジション移動について

運指の難関 ポジジョン移動

ポジション移動は非常に難しい技術だと思います。ベースを演奏する上で、ポジション移動が上手くいかなくてミスをするというケースは結構多いのではないでしょうか。特にフレットレスの場合はピッチに直結するので、フレッテッドよりもポジション移動に関する悩みは多いと思います。

たとえば、ポジションの移動がうまくいかなかった場合、押弦すべきポイントと押弦する指の距離が理想的ではない状態になるので、押弦のポイントを外す確率が上がってしまいます。フレットレスの場合は特に、押弦のポイントを外すことは許されません。なぜって、ピッチが変わってしまうから。

そんなシビアな問題に直結する「ポジション移動」ですが、1曲何かを弾こうとする時に左手のポジション移動が1度も発生しないような曲はほとんどないでしょう。これは、「1フレット1フィンガー」による合理的な運指を実践していても、していなくても発生します。もちろん左手の運指考察 [1]でも確認したとおり、「1フレット1フィンガー」を実践していない方が移動回数は多くなると考えられます。

したがって、左手の運指について考察する際に「左手のポジション移動」に関する話題は避けて通れないと思います。

ポジション移動で理屈はこねられるか

では、ポジション移動はどのように行えば良いのでしょう。どのような考え方で行うと最適なのでしょう。

極論すると、ポジション移動はいつどんな時であろうと行うことができます。1音発するごとにポジション移動しようと思えば、それは自由に行えます。たとえ同じ音を連続して弾こうとも、ベースギターという楽器の構造上たいていの音程は別のポジションでも弾くことができます。

これは、「ベースという楽器は、いつ、どんな音程だって鳴らせます」と言っているのと同じことだと思います。どんなタイミングで、どんな音を弾いたってもちろん良いんですが、それを決めるいろいろな要素があります。リズム・メロディ・ハーモニーを土台として曲というルールがあり、曲が持っているルールや、楽器の編成や、イメージ、各人の主観などから、その時弾くべき音は決まります。

その時弾くべき音を決めやすくするために、過去の膨大な音楽の記憶から抽出された法則が「理論」であるならば、どのようにポジション移動するべきかを決めやすくするために、過去の演奏経験からポジション移動の法則を抽出することができれば、「ポジション移動に関する理論」が作れそうな気がしませんか?

実は、この考察しがいのある「ポジション移動に関する理論」を何とかまとめてみたいと思ったのが、今回の「左手の運指考察」を書こうと思ったいちばんの動機でした。これまでの3回は、ポジション移動を論じるための準備であり、いまやっと本当に書きたかったことを書ける!……ハズでした。

しかし、実際にポジション移動についてあれこれ考察を繰り返せば繰り返すたび、「これは理論としてまとめられるもんじゃない……!」という望まない方向へ結論が帰着していきました。何ということでしょう! ポジション移動に関する理論をまとめる能力は、僕にはなかったのです。

したがって今回の話はここで終わっても良いのですが、せっかくあれこれ考察を巡らせたので、今回は「なぜポジション移動に関する理論はまとめられないという結論になったのか」ということををまとめてみたいと思います。

ポジション移動の動機を考える

ポジション移動を考察するにあたって、僕はまず、「ポジション移動はどんな時に発生するのか」と考えました。ポジション移動の発生パターンを解析して似かよったパターンをまとめることができれば、あとはそのパターンに適用できるメソッド(方法)を考えることができると思った訳です。

自身の経験から考えると、おもに以下のようなパターンがあるようでした。

  • コードが変わるとき

    これはいちばん多いパターン。たいていのベースラインは、コードごとにフレーズができているし、もちろんそれはコードの構成音を中心としたフレーズになっているので、コードが変わるたびにそのコードのアルペジオや、そのコードに適したスケールが弾きやすいポジションに移動した方が弾きやすいため。

    「コードが変わるとき」には、導音を弾いて次のコードに移動することも多く、その場合は導音を弾く時点で次のコードのポジションに移動することもある。

  • 音が足りないとき

    弾こうと思っているフレーズに出てくる音が、現在のポジション上にない場合、ポジションは移動せざるを得ないでしょう。現在のポジションでは音が足りないという状況は、弦の本数や1ポジションでどれだけの音が弾けるかといった、物理的な制限によって発生します。

  • グリッサンドやスライドなどで味付けをした方が良いと感じるフレーズのとき

    グリッサンドやスライドを行う際は、ポジションが結果的に移動していることがあると思います。というより、ちょっと考えてみると、例えば、左手を固定(ポジションを固定)した状態でのグリッサンドは難しいですね。

  • ポジションを移動した方が運指的に解りやすいとき

    アルペジオの連続のようなフレーズは、コードごとにポジション移動した方が弾きやすいと感じます。

  • 異弦同音関係にある音の、弦の違いによる若干のサウンドの違いを選びたいとき

    より好みの音質を求めるために目的の異弦同音ポジションまで移動することがあります。

上記の中でも、「グリッサンドやスライドなどで味付けをした方が良いと感じるフレーズのとき」がいちばん問題でした。

「味付け」をしたいようなフレーズの中には、味付けをしないで同じフレーズを弾くと仮定すれば、弦移動によって1ポジションで弾けてしまうようなフレーズが多々あります。すなわち、「味付け」を無視すれば「しなくてもよいポジション移動」だと言える場合が多々あるということです。

フレーズへの味付けをどのようにおこなうかは、演奏者がグリッサンドやスライドなどの効果をどのように感じているかによっても変わってくるし、その効果が必要であるかどうかの判断も演奏者によって異なるでしょう。つまり、グリッサンドやスライドによるポジション移動が発生するかしないかは、個人の感じ方次第なのです。

僕の場合、基本的に大半のポジション移動は「コードが変わるとき」に行っているので、いくつかの代表的なコードに対するフィンガリングの方法をとり上げ、そのフィンガリング・ポジションへの移動方法を模索すれば、あるていど「ポジション移動」を説明できるのではないかと思っていました。

しかし、よくよく考えてみれば、どんなに単純なコード間のポジション移動であっても、そのフレーズを弾く際には、やはりフレーズが求めるニュアンスを無視はしていませんでした。つまり、「コードチェンジ」という動機のみでポジション移動の方法が決定していることは無いのです。

というか逆に言えば、「コードチェンジ」という動機のみでポジション移動の方法を決定するような、稚拙な、下手くそな打込み音源のようなベースの弾き方をしてはいけないのだと思います。

そう考えれば、結局のところポジション移動の動機は「個人の感じ方次第ということになってしまう訳で、これでは方法論なんてまとめられないなぁ、という結論に帰着してしまうわけです。

ポジション移動は音が求める

「音」が求めるフィンガリングをしましょう。

つまりはそういうことなのだと思うのです。上記はFujimaru BASS ForumさんのQ and A の過去ログに書いてありました(過去ログ検索窓で「左の指」と検索すれば見つけられると思います)。

たとえば、ポジション移動の発生する条件を「コードが変わるとき」と「同一コード内でのフレーズを弾く際に音が足りないとき」という条件になった場合のみと限定してしまえば、非常に理論整然とした、合理的なポジション移動が可能になるかもしれません。しかし、それではフレーズに味付けをすることは不可能になってしまいます。それはすなわち、フレーズを歌わせることができなくなるということです。

のっぺりとした歌心のないフレーズを弾くだけならシーケンサーで充分です。運指的合理性ばかりを追い求めては、行き着く先はシーケンサーの再現になってしまいます。したがって、ベースを弾く際に合理性ばかりを追い求めず、いかにしてフレーズを歌わせるかを考えるべきです。フレーズを歌わせるということは、グルーヴさせるということとも同義といえます。

これまで「左手の運指考察」と題うって「1フレット1フィンガー」などの合理的な運指論を書いてきました。これらの運指論をきちんと理解し、実践できるだけの技術を身に付けることは非常に重要だと思いますが、それを身に付けた上で、でも、合理的、効率的な運指よりもフレーズを歌わせることを優先すべきだと僕は考えます。

「ド」と「レ」の2音を弾くようなフレーズがあったとして、その2音を同じ弦で押弦する運指と、違う弦で押弦する運指と、「レ」を開放弦で弾く運指では、それぞれサウンドが異なります。また、「ド」の後の「レ」をハンマリングで発音する場合と、スライドで発音する場合でもサウンドは異なりグルーヴも異なるでしょう。この事実をきちんと認識し、自らが求めるサウンドによって使い分けられるようになるべきです。

サウンドによって使い分けるということは、音によって運指を決めるということに等しく、まさに「音が求めるフィンガリングをしましょう」ということです。

そのためには、合理的な運指でのサウンドを踏まえた上で、合理的ではない運指でのサウンドも知っておくと良いと思います。ポジション移動を含め「運指」というものはグルーヴに影響します。合理的な運指がグルーヴィであるとは言い切れません。

不合理で移動の多い運指にはそれ独自のグルーヴがあるし、1フレット1フィンガーによる運指がグルーヴするとは言い切れません。小指が使えない人のグルーヴというものもあるし、あえて1フレット1フィンガーを崩して運指することによって、新しいグルーヴを創出することもできるかもしれません。ポジションシフトの合理性を無視する事によって時に得られるスピード感。力強さ。いなたさ。カッコよさ。

これらの事実を知りながらも合理的運指論を書いたのは、多くの人は無意識のうちに、合理的または合理的ではない運指の、どちらかしか行っていない場合が多いだろうと考えたからです。表と裏のどちらも知っている人だけが見える立体感、奥行きというものがあると思うのです。


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