グレン・グールド、音楽、精神 を読んだ

グレングールド、音楽、精神
ジェフリー・ペイザント
音楽之友社
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グレン・グールドの伝記かと思って図書館で借りてみたら、伝記ではなくて、グレン・グールドの残した録音、映像、著作などから、彼の思想をひも解いていくという主旨の本だったが、これが期待した以上におもしろかったので、読書感想文なぞ。

グレン・グールドという人は、天才的なピアノ奏者だが演奏会というものを好まず、30代の前半で演奏会をやめてしまった。その後はレコーディング、ラジオおよびテレビへの出演による活動が主になっているが、その活動内容は単に演奏会を録音に置きかえたものではなく、それぞれの活動の場の特性を本気で求めて、かなり意欲的に取り組んでいたらしい。

演奏会に対する記載はどれもおもしろかったので、ちょっと引用してみる。

彼は演奏会での拍手の習慣を廃止できればと願ってもいる。理由に挙げるのは、拍手は、演奏会に積極的に参加しているという誤った感覚を聴衆に与えること、演奏家に対しては、群衆を喜ばせる解釈上の小細工や、個人的なひけらかしを誘発すること、である。演奏家の主たる動機が個人的なひけらかしである限り、自分の演奏する音楽に向けて意識を十分に集中できない。グールドの考えでは、個人的なひけらかしはすべて競い合いと関連し、あらゆる競い合いは堕落である。彼は人間の競争本能を恐れ、不信感を抱いている。

公開演奏はいくつかの点で競い合いである。演奏家は自分自身の録音と、あるいは自分の過去の演奏と競う。

演奏家が「個人的なひけらかし」をしたいと思うと、音楽は歪む。桟敷席を沸かせようとして、芝居がかった効果に訴えるからである。

演奏会をおこなう際に、そこに聴衆がいるという事実によって、演奏家の注意が「音楽そのもの」ではなく聴衆の方を向いてしまうことを嫌っているのだということだと思うが、演奏時に「自分の演奏する音楽に向けて意識を十分に集中」することは確かに一番大切なことだと思う。

グールドは、リスナーとしても演奏会でのリスニングを嫌っており、以下のように発言したらしい。

私にとって、音楽との本当の向き合い方は、家で座って録音に耳を傾けることです。

グールドにとってのレコーディングは何度でもやりなおしができること、テープを編集して悪いところを差しかえられること(!)などによって、自分がその音楽において実現したいことを納得のいくまで突き詰められるものとして、演奏会よりもはるかに有意義だったようだ。

おもしろいのは、グールドは(演奏の天才でもあるのに)、1曲とおして最高の演奏をするということにまったくこだわっていなかったこと。むしろ自分の演奏による素材を切り貼りして最高の音源を作り上げることに対して積極的だったようだ。

レコーディングにおける編集について、映画の制作にたとえたり(映画は撮った素材を編集して完成させる、音楽で同じことをやっている)、実際に編集しまくった音源を聞かせて編集箇所を当てさせるテストをしたり(ほとんど当てられなかったという)していたらしい。このあたりも非常におもしろい。もし現在も存命だったら「Pro Toolsは本当にすばらしい」とか言ってそうな雰囲気。

また、レコードを発表するためのレコーディングにおいては、基本的にクラシック中心の活動だったようだが、ラジオにおける作品が全く別の方角を向いていて興味深い。

グールド曰く「対位法的ラジオドキュメンタリー」という作品は、当時は主要メディアだったラジオ向けに制作されたグールドオリジナルの作品で、場所も時間もまったく別々に録音されたインタビューの音声(つまりは「話し声」)を切り貼りし、話し声による対位法的な構造(つまりは音楽的な構造)を模索して作り上げられているらしい。

「孤独三部作」というタイトルでCD化されているらしいので、かなり実験的な仕上がりになっているとは思うが、ぜひ聞いてみたいと思う。こういうアプローチは、現代においてはごく当たり前にいろいろな音源に取り入れられているように思う。コーネリアスなどがやってることとあまり変わらないのではないかとも思う。

ピアノによる音源を聴いてるだけでは「天才的なクラシック演奏家」としか理解していなかったが、読了後には、グレン・グールドという人は、演奏ということにとらわれない視点で音楽を突きつめていた芸術家なのだと感じた。この本はぜひとも買って本棚に入れておきたい1冊だった。


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